受けて取る行動において謙そんでありなさい ポ-ロ・S・リース
愛する兄弟たちよ、この敵対する世の中で、あなたがたが直面する敵をめぐって、いらだち、また、恐れるようになりやすいことは、私にはわかっています。自分たちの立場や、人に認められることや、評判が気にかかる誘惑があなたがたの交わりの中にも多いことも知っています。しかし、そのすべては、実際には「わな」です。
確かにあなたがたげ経験している試みは、耐えがたいものでしょう。しかし、神がその試みをあなたがたのためになるように用いておられることも確かです。あなたがたを別れさせ、あるいは分裂させようとして脅かす対立や野心は、打ち破ることの困難なものです。しかし、神があなたがたの上、周囲、またあなたがたのうちにいますことを、ひとりひとり悟ってほしいのです。その神は、試みのすべてが来るのを妨げず、すべてを命令し、すべてに勝って、ご自身の栄光に至らしめられるのです。だから問題をそこにゆだねておけばよいのです。
若いジェオフリ・ブルは、逮捕され投獄されるしばらくの前に、チベット人の間で働いていましたが、困難な環境の下にあってどのように正しく対応してゆくかについて、主に扱われました。彼は昔のある聖徒のことばを思い起こしました、「パンをさきたもう主に従う者は多かった。しかし、御苦しみの杯を飲むところまで従う者は少なかった」。心を探られるようなことばの深い意味を考えながら、彼は次のような詩を書きました。
主よ、私は泣くことを学びませんでした
あなたと その荒削りの十字架に
ほんとうに合わされるためには
笑うことが多すぎたのでしょうか
また 悲しみなしにあなたを愛そうとしたのでしょうか
語っても触れようとせず 心に深く焼きつけませんでした
おお 主よ だれが園で終わりまで目ざめていたのでしょう
私もまた眠りました
主よ 私を目ざめさせて下さい
それが涙を伴う愛であるにしても
私たちの行動においての謙そんは、聖徒にふさわしく、また役に立ちます。しかし私たちの受けて取る行動においての謙そんを忘れないで下さい。
(『苦難の中の勝利』ポ-ロ・S・リース著 舟喜信、松代幸太郎訳 1965年刊行いのちのことば社210~211頁より)
ですから、あなたがたは、神の力強い御手の下にへりくだりなさい。神が、ちょうど良い時に、あなたがたを高くしてくださるためです。(新約聖書 1ペテロ5・6)
(写真は彦根城お堀に咲く梅。もちろん、今ではない、撮影期日を見ると07、4、1とある。これから本格的な冬に向かう。植物は寒さの試練の中で頭を下げるだろう、しかし春にはこんなにすばらしい花を咲かせる。私たちもそうありたい。文中のジェオフリ・ブルGeoffrey Bull は殉教者である。英語の達者な方はサイトで詳しく知ることが出来る。)


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