誕生プレゼント
先週の土曜日、ベックさんが義母をお見舞いに訪ねてくださった。義母は1月3日危篤状態に陥り、すぐ大学病院に搬送され、そこでの大動脈乖離の手術が成功し、九死に一生を得た。先月の23日からはもとの病院に帰り、今リハビリに努めている。二、三日前からやっと流動食が食べられるようになったが、まだ自分の力では立ち上がることはできないでいる。
そんな義母にベックさんを通して聖書の真理が伝えられた。望みの神であるイエス様はわがままな私たちのかわりに罰せられ死んでくださった。私たちのすべてのあやまちは赦され忘れられている。だからそのことを信じて、私のわがままをごめんなさい、ありがとうと感謝すればよいのだ。義母は魂の奥底でそのことを受け留めることができた。
その場には家内と義弟も同席していた。まことに不思議な主イエス様の導きと思わざるをえなかった。振り返れば今から46年前、私は遅れた大学生であった。本来の志望学科を3回とも落ち、挫折感と同時に、わがままと罪・咎の極致におり鬱屈した学生生活をスタートさせたばかりであった。その時、伯父から一人の中学生の家庭教師を依頼された。その姉を主イエス様は救いに導かれた。そしてその姉を通して私に福音が伝えられ二人は結婚にまで導かれたからである。
そして今最晩年期に入っている義母が不思議な導きのもとに主イエス様の与えて下さる罪の赦しと永遠のいのちの約束をいただいたことを目前にしたからである。義母は病を通して弱くされている。罪を犯すしかない人間はがんばることができない。しかし弱くされた人に主イエス様は働かれるのでないだろうか。
もともと2月7日は早くから妻の実家の祖母の法事が予定されていた。ところがそれから何日かして彦根で家庭集会が開かれることが決められた。いずれにしても私は彦根に帰るつもりでいた。二つの行事はぶつかっていた。ところが義母が急遽正月早々倒れて法事は延期せざるを得なくなった。
ところで2月7日は私にとって66回目の誕生日であった。幼子のように満面に笑みを浮かべて喜んでいる義母の姿は何よりの主イエス様が上から下さった誕生プレゼントであった。
神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。(新約聖書 ローマ8・28)
(写真は彦根城下で見つけた今日の梅の花)


Good morning.
先ず、お誕生日おめでとうございます。
義母さまの回復、主イエスに感謝します。
本当によかったです。
毎日「泉あるところ」で勉強させてもらっています。
今日もBBCでマダガスカルのnewsを見ました。心配ですね。
投稿: tetsuzi | 2009年2月10日 (火) 07時33分