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2009年3月17日 (火)

1977年3月17日

Dscf0171  この日、外務省で対モンゴル無償経済援助協定に調印がなされた。賠償・無償経済協力の総額は5250億円であった。これにより日本の第二次大戦の賠償が全部終了した。今から32年前のできごとである。

 私の家では大きな男の子が生まれた。彼は四番目だったが、上の二人は病院であったのに対し、三人目の姉に引き続いて産院で生まれた。古利根川の川べりにあるその産院に上三人と一緒に出かけたことが懐かしい。家庭的でご飯もおいしく妻が大変安心して出産したように覚えている。男親である私の唯一の役割は赤ちゃんの命名であったが、以下のみことばから引用した。

神は、あなたがたを、常にすべてのことに満ち足りて、すべての良いわざにあふれる者とするために、あらゆる恵みをあふれるばかり与えることのできる方です。(新約聖書 2コリント9・8)

 ところが長ずるに至り、家内が別の節だったと言い出した。家内が言うのは次の節である。

罪の増し加わるところには、恵みも満ちあふれました。(新約聖書 ローマ5・20)

 私としては、当時子沢山で決して経済的に豊かでなかったのに神様がすべて必要を満たしていてくださる感謝の思いがあり、そのように命名したつもりだった。ところが家内は別のみことばだったと言う。何しろ家内自身が産みの苦しみをしているのだから、このことで余り争わないようにしている。このみことばも素晴らしいからである。

 そんな風にして誕生した彼だがエピソードには事欠かない。いつも微笑ましく思い返すのは一枚の写真である。滋賀の私の実家の縁側で子どもたち5人を私が撮影したものだが、それぞれの個性が出ていて面白い。そのときこの子は、両手でマルをつくって撮影者に向かっているのだ。思うに、私が写真を撮影するのが珍しかったのだろう、あるいはうれしかったのだろうか、それともおどけたのだろうか。本人に確かめてみたことがないのでわからないが、一番好きな写真の一つだ。

 あともう一つ有名な家族内でのエピソードは、母親に自転車に乗せられていたのに、その自転車から知らぬうちに落とされていたことだ。母親と教会付属の幼稚園の帰りに、こども賛美歌を歌っての帰りだそうだ。その賛美歌は

 小さい私の手はイエス様のもの。すべてはイエス様のもの。十字架で死なれたイエス様のもの。

 という単純なものを繰り返して歌うのだが、この歌を歌うときは動作が伴う。「小さい私の手は」というところで両手を挙げて歌うのだが、奴さん自転車にしがみついていた手を離して大きく両手を挙げて賛美したからたまらない。自転車から落下した。彼にはこの他たくさんのエピソードが「満」載している。

(写真はパリ市内公園で見つけたユーモラスな像。教養がないのでこの像が誰だかわからないし、この物語も出所がわからないが、面白い図柄と思い掲載した〔06.11.23撮影〕)

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コメント

畏友である調布のM兄から掲載した写真の銅像に関するブログがあることを紹介していただきました。銅像がラフォンテーヌであることと「カラスと狐」は彼の寓話であることが判明しました。カラスの美声を誉めそやす狐、思わず咥えたチーズを落としてしまうカラス、虚栄心への警告だそうです。マルモッタン美術館を訪れた途中で見かけたまでは思い出せましたが詳細はわからず仕舞いでした。当時雨交じりでゆっくりできなかったのですが、気になったので撮影しておいたものがこうして二年半ぶりによみがえらせていただきました。感謝です。

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