3回のメッセージ
火曜、水曜とベックさんから3本のメッセージを聞かせていただいた。火曜は吉祥寺に出かけ、水曜は春日部の午後と夜の家庭集会でだった。3本のメッセージは私の中でどのように醸成されるのだろうか。思い出すままに書き連ねる。
火曜日は学び会のものでベックさんが力を入れておられるものの一つだ。テーマは「いっしょに」ということで、40年間足なえの状態であった人がイエス様の御名によっていやされ、そのあとどのように他の信徒との交わりに加えられて行ったかを聖書テキスト(「使徒の働き」)に即して詳細にたどられたものであった。
ともするとひとりよがりの生活を始めそうになる私にはキリストのからだとしての教会がいかに形成されていくかの原点を見る思いであった。聖霊降臨の後、信ずる者は日増しに増え、ある時点では男5000人であったと記されている、そのような初代教会の歴史がそのまま刻まれているのが「使徒の働き」の特徴だが、そこに個々の信徒、しかも無名の足なえの方の信仰がいかに生きたものであるかを読み取ることができるのだ。それを伝えてくださった。
一方春日部の午後の集会では「自己吟味」の必要性を哀歌3・40を初めとして語ってくださった。自己吟味は「定期的」に、「徹底的」に、主の光の前に出て「正直」になされねばならないと語られた。夜は夜でヨナという預言者がいかに主の御顔を避けて下へ下へと降っていったか、しかしそこでも主が捕らえてくださり、12万人というニネベの町の全員が悔い改めに導かれたかを話してくださり、神様の御心とそれに従う信者の責任について厳しく問われた。
出席者の中には私のように二日間で三回もベックさんからメッセージを聞く者もいる。なかには火曜の夜も麻布で語られたからそれと合わせると四回メッセージを聞く人もいる始末だ。事情のわからない他者からみると何と飽きないことよと思われることだろう。一方語り手の立場に立てば、同じことを四回語るのでなく、四回とも異なるのである。語り手の労苦がしのばれるというものだ。
その上、彼は一方通行の人ではない。メッセージの前後には実に多くの問題を持った人と交わり、真剣にその話に耳を傾け、的確に助言される。そのメッセージは、聞く者を断罪し自身はみことばの圏外に安住するというような、いわゆる自分を棚の上に上げるものでなく、ご自身がそのメッセージどおりに生きておられる。だからそのメッセージは単なる「話」ではないのだ。彼の生き様そのもの、即ち内に住まわれる主イエス・キリストの証そのものなのだ。それがあるから私たちは他の人が何と言おうともベックさんのメッセージを聞きに行くのである。前にも引用したことがあるかも知れぬが、以下のマックシェーンのことばを髣髴させるものだ。
永遠を標準として語れ、何事よりもまさって、あなたがた自身の霊魂をつちかえ。良心が清澄で、心が神の御霊によって満たされているならば、あなたがたの語るひと言は、不信と罪とにあって語られる一万言よりまさる価値のあるものとなるだろう。人はそうでなくても神は栄光を受けられねばならないということを銘記せよ。この世界上の運動をおおっている、おおいが取り除かれた暁には、神の子たちの祈りによって、どんなに大きなことがなされたかを私どもは知るであろう。(『祈りによる力』E.M.バウンズ葛原訳101頁)
私たちの道を尋ね調べて、主のみもとに立ち返ろう。(旧約聖書 エレミヤ哀歌3・40)
(今はバラのシーズン真っ盛りである。写真のこのバラは隣家のもの、撮影の許可を得た。)


>そのメッセージは、聞く者を断罪し自身はみことばの圏外に安住するというような、いわゆる自分を棚の上に上げるものでなく、ご自身がそのメッセージどおりに生きておられる。だからそのメッセージは単なる「話」ではないのだ。彼の生き様そのもの、即ち内に住まわれる主イエス・キリストの証そのものなのだ。だからそのメッセージは単なる「話」ではないのだ。彼の生き様そのもの、即ち内に住まわれる主イエス・キリストの証そのものなのだ。
>>良心が清澄で、心が神の御霊によって満たされているならば、あなたがたの語るひと言は、不信と罪とにあって語られる一万言よりまさる価値のあるものとなるだろう。
集会に行きたがるのは、こういうことだったのですね。やはり、イエス様が、なんといっても、大好きです。イエス様が、一言でも語って下さるとき、どんなに幸せでしょう?どんなに、励まされるでしょう?どんなに安心するしょう?
経験上、教会の牧師のメッセージは、全く、異なるものでした。不思議です。聖書の語りながら、引用しながら、聖書の圏外に自身は身を置くって、どういうことですか?これは、イエス様とは、全く、無関係ですね。
「不信と罪とにあって語る」どれだけ多くの言葉より、自身がイエス様を内に宿していれば、そのときの一言は、比べることができないほどの大きな価値を回りに与えるはずですね。
投稿: ypeter | 2009年5月15日 (金) 11時58分