第六十一回 自序
『恩寵の生涯』もほぼ終章まで来ました。順序が逆になりましたが、以下掲げますのはこの本の自序として述べられた著者の言葉です。ご鑑賞下さい。
顧みれば過去五十余年、その間実に千変万化、ただこれ「神は愛なり」と申す外、言葉無く、依りて本書を『恩寵の生涯』と命名いたしました。かつてユーゴーの傑作ラ・ミゼラブルを読み、ジャン・バルジャンの生涯の初めより終わりまで、黒岩氏が巧みにも『ああ無情』と翻訳したる通り、実に無情極まるものなるを見て、同情同感、人世の無情真にかくの如しと考えたことがあります。しかし私自身救われ潔められ、後今日までの実験に徴すれば、人生には同時に「無情ならざる」光明の方面ありて、私はむしろ反対に「ああ恩寵」と高唱せざるを得なくなりました。
過去十余年間日本全国、朝鮮満州に到るまで歴遊し、監獄署および各種の慈善事業を訪問視察すると同時に、学校、教会、病院、その他の諸集会に臨みて、自己の救われ潔められたる証言をなし、身をもって国恩に報いたく、ただただ信仰に立ち、すべてのものは豊かに満たされ、大能の神の霊に守護せられ、霊肉健全にて旅行し、至る所にて喜び迎えられ、様々なる御用命を賜り、幾多の貴重なる経験を与えられ、津々浦々、山間僻地へまでも分け入り、貴賎上下の区別なく、天よりの福音を宣伝し、病める者、狂える者、悲しめる者の友となり、医者となり、牧者となり、「汝の足の踏む所悉く汝の有となるべし」とある聖語通り、到る所に勝利を得、しかも身は在獄中初めて仮名を習い覚えしほどの無教育、家族とても同様金もなく、知識もなく、身分もなく、ただ有るものは却って運動の妨げとなる「出獄人」という肩書きのみ、
しかるにかくのごとく光栄ある霊界の一戦士として、神に用いられ、また主にある多くの兄姉らに優遇せらるる所以のものは、他なし、他なし、ただわがために十字架に釘けられ給いし主イエス、十字架の上に悩みながらも、十字架に釘けたる罪人らのために「父よ彼らを赦し給え、彼らはその為すところを知らざればなり」と祈らせ給いし主イエス、ともに十字架に懸けられたる盗人の一人が、「我らは当然なり、為しことの報いを受くるなり」と懺悔し、而して「主よ、聖国に臨らん時、我を憶い給え」と祈り求めたるに答えて、「誠に我汝に告げん、汝は今日我とともに楽園に在るべし」と仰せ給いし主イエスの御恩寵であります。
かくのごとく驚くべき救い主を下し給える神は、これすなわち愛なりと、主張し、宣伝するに誰か生命を惜しむべきや。不肖なれども由太郎、この絶大無限の天恩に感激して、時々刻々、必死となりてご奉仕いたし居る次第であります。
今以下に、特に与えられたる聖句の中、主なる数節を掲げもって今日までの「恩寵の生涯」すなわち祝福せられたる信仰生活の感謝記念といたします。
「キリスト・イエスは罪人を救うためにこの世に来られた。」ということばは、まことであり、そのまま受け入れるに値するものです。私はその罪人のかしらです。(新約聖書 1テモテ1・15)
(『恩寵の生涯』1~6頁まで。なお著者は上掲のみことば以外に、ガラテヤ2・20、1ヨハネ3・16、1ヨハネ4・8、ピリピ4・13、ルカ18・27、ルカ1・37、ヘブル10・37~38、黙示6・2の8つを付加している。編集上カットせざるを得なかった。読者は聖書をよく確かめられたし。)
(写真は彦根城大手門橋から西方向を見る。小さな城にも様々な門がある。こうして敵陣営の攻撃から自陣を守ろうとしたのだろう。『恩寵の生涯』には全山、主なる神様に白旗を上げ、降参し自陣を明け渡した一人の人の生涯が描かれている。)
































































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