音楽の泉

2009年9月24日 (木)

メゾソプラノリサイタル

Dscn7703  昨日は銀座・王子ホールの藤井奈生子さんのリサイタルに家内と出かけた。会場はほぼ満席であちらこちらに知人の顔が見えてアットホームな雰囲気であった。

 プログラム冒頭は「マタイ受難曲」より取られた有名なアリアであった。私の知っている数少ない歌曲の中でも最たるものである。このアリアだけはこれまでテープやCDで何度か聞き、そのたびに身を任せたくなる思いにさせられてきた曲だ。生で聞くのはもちろん今回が初めてで、ひたすら演奏者の演奏に耳を傾けた。家に帰って来て演奏者の訳された訳詩を見てなるほどと思った。訳詩にはこうあった。

「憐れみたまえ、わが神よ 私の涙のゆえに この心を見てください、眼はあなたの前に涙を流しています。」

 その後は当日のメインであるメンデルスゾーンの歌曲が次々披露された。しわぶき一つさえ出すのがはばかれる演奏会場で一旦しまったプログラムを出すのは勇気がいったが、途中からどうしても歌詞と訳が見たくて出しながら演奏を聴いた。Es weise und rat es doch keiner(誰も知らない、誰にもわからない)のBis dass ich im Himmel war(天国に届くまで、飛んでいけたらいいのに)に共感した。

 「夜の歌」もBis dass der lichte Morgen scheint(明るい朝が光り輝くまで)と歌い上げる演奏者と心が一つになる。こうした歌曲は器楽では味わえぬところがある。

 しばし休憩の後、シューマン、ブラームスと演奏が進められた。ロベルト・シューマンのものはどれも良かった。隣席にご一緒した知人とLied der Brautを鑑賞したが、どんな想いで聞いておられたのであろう。詩が大変気に入った。

 ブラームスの作品ではUnbewegte laue Luft「動かぬ生ぬるい風」を満喫した。最後は二曲のテンポの速い勇壮とも言えるボヘミヤ民謡とセルビア民謡の曲であった。もし歌詞が聞き取れ、理解できれば、一々プログラムを見なくても済むのにと思いながらも結局首っぴきになり、演奏家の表情を見る余裕がなかった。でも最後の曲が終わった時はいつまでも拍手をしていた。

 アンコール曲の最後に演奏者の責めてのサービスであろう。日本語で少し歌われた。残念ながら音楽は私たちにとってまだまだ高嶺の花である。日本の音楽人口は決して多くない。少数の心ある人に支えられてこそ音楽は維持されるのであろうか。「アニメの殿堂」云々も考えて見ると簡単なことではないのだ。

聖徒たちよ。主をほめ歌え。その聖なる御名に感謝せよ。まことに御怒りはつかの間、いのちは恩寵のうちにある。夕暮れには涙が宿っても、朝明けには喜びの叫びがある。(旧約聖書 詩篇30・4~5)

(文中ドイツ文はウムラウト部分を表現していないのでご了承下さい。本日の写真は高峰高原の「われもこう」です。)

2009年5月18日 (月)

名曲のゆうべ

Dscn7123  先週の土曜日、このところ恒例にしているAさんとのお見舞い兼お交わりを終え、一路幸手から荻窪に向かった。かねてから「チェロとピアノのひとときin荻窪」の案内を主催者の児玉さや佳さんからいただいていたからである。従兄と出席するつもりだったが連絡が遅くなり、長男を誘い出し出席した。

 午後7時開演であったが、時間ギリギリについたため、会場となった「名曲喫茶ミニヨン」は椅子の用意されていた場所がすでに満席で、辛うじて空いていたスタンド2席に身を滑り込まさせていただいた。さや佳さんのピアノと佐藤智孝さんのチェロの組み合わせは昨年11月以来お聞きする演奏である。プログラムは以下の通りであった。

 グラナドス スペイン舞曲 2番 「オリエンタル」
        組曲ゴイェスカスより 「愛と死」
 ピアノ即興演奏
 バッハ   無伴奏チェロ組曲1番
 ショパン  序奏と華麗なポロネーズOp.3

 「グラナドス」とは初めて聞いた作曲家名である。さや佳さんが曲の始めには解説をつけてくださった。二曲目のゴイェスカスとはゴヤの絵画に示されてつくられたということであった。決闘とお聞きしたので胸騒ぐ思いで聞かせていただいた。ピアノの重厚で積み重ねるような音にその情熱の激しさを思った。

 即興演奏は時間がなく、一曲のみであった。「風薫る5月の香り」というまっとうなお題であった。前席の1番良い場所に座っておられた紳士からの声に答えたものだった。

 この後、休憩に入り、飲み物が配られた。会場内には数名の知己の姿が散見できた。私と長男はたまたま隣に座を占められたI夫人としばし語らいの時をもった。次男がお世話になっており、長男とも互いに見知った間柄であるので、そのままお話に没入しそうであったが、適度にくつろぎ、後半に入った。

 横向きのさや佳さんのピアノ演奏と違って、チェロの佐藤智孝さんは真正面から演奏を見る形であった。彼が入場し、語りかけたときは何かほっとする感じがする。不思議な期待感を抱かせる演奏家である。昔、と言っても40年以上前になるが、新宿だったかアンダーグランドで一度イヨネスコの劇を鑑賞したときのことを一瞬思い出した。演目は無伴奏チェロ組曲である。独身時代何度となく聞いた作品である。サラバンド(?)だったか、それにまつわる面白いエピソードなど聞かせていただき、いやがうえにも期待感が盛り上がる。チェロの弦を押さえ激しく交叉する手首の動きに捉えられながら聞きほれた。

 最後はピアノとチェロの合奏であった。やはりこの曲目が一番よかった。二つの楽器が重なり合って終曲まで流れて行ったからである。拍手は一段と盛り上がる。あっという間に1時間半弱の演奏が終わった。

 昨日の日曜日、春日部に来られメッセージされた方が、土曜日の私の体験はご存知であるはずはないが、前置きと題してダビデとサウルの故事をもとに音楽の三要素を話してくださった。①神を賛美する②神の前に喜び歌う③人間の心をきよくする。こうして、もう一度土曜日の夕べの演奏を振り返させられた。

神からの悪い霊がサウルに臨むたびに、ダビデは立て琴を手に取って、ひき、サウルは元気を回復して、良くなり、悪い霊は彼から離れた。(旧約聖書 1サムエル16・23)

(写真は三たびF.ホフマンの作品。彼は50枚の聖書絵巻の中でこのシーンを描いている。ホフマンの慧眼はするどいと言わざるを得ない。)

2009年4月11日 (土)

好きな聖歌二編の歌詞と「いばら」

Dscn6727  聖歌を歌えなくなって久しい。文章が古いとか様々な理由で絶版になってしまったからである。けれども聖歌には今なお心ひきつける歌詞がある。次のようなものもそのひとつでないだろうか。

 聖歌430番
 傷つき苦しみ血潮を流して
 のろいのいばらを主はかきわけ
 やさしき恵みのもろ手をさしのべ
 引き上げ給えり
 ああ、主は愛なり。

 聖歌429番
 「主よ山道をたどる血潮は何ぞ」
 「そは一匹のまよいしもののためなり」
 「御手の傷は何ゆえ」
 「いばらにて裂かれぬ、いばらにて裂かれぬ」

 後者は有名な聖歌であるが、たまたまムーディーがアメリカの新聞でエリザベス・クレファン嬢の詩を見つけ切り取って賛美歌の間にはさんでいたのを、スコットランドに初めて出かけたおり、グラスゴーからエジンバラに移動した際の集会で歌われたようである。彼のメッセージは「良き羊飼い」だったが、同行の賛美歌歌手イラ・サンキーに乞うて歌われたものである。したがって作曲はイラ・サンキーである。世に「99匹の羊は」として知られている歌の初めである。(この項 D.L.Moody by C.R.Erdman 108頁参照)

ピラトはイエスを捕えて、むち打ちにした。また、兵士たちは、いばらで冠を編んで、イエスの頭にかぶらせ、紫色の着物を着せた。・・・それでイエスは、いばらの冠と紫色の着物を着けて、出て来られた。するとピラトは彼らに「さあ、この人です。」と言った。(新約聖書 ヨハネ19・1~2、5)

 以下少し昨日も引用したストーカーの文章を綴ろう。(『キリストの最期』94頁)

 受難の主の苦しみは、何にもまして、われわれの胸に迫るのである。しかし、この(いばらの)冠がキリスト信者の心をとらえたのは、主としてその象徴によってであった。アダムとエバが園を追われて、荒涼たるきびしいこの世の労働の中へ投げ出されたとき、地はいばらとあざみを生じるように定められていた。いばらはのろいのしるしである。つまり、神の御前からの追放と、それより生ずるいっさいの悲しむべき、また苦しい結果の象徴である。人の心を脅かす醜悪な姿で、冬枯れの中に、裸の枝にからみついているいばら、近づく手を傷つけようとして、夏の木の葉や花の下にひそんでいるいばら、いばらの茂みの中をかきわけて進む旅人の衣服や肉を裂き、刺されば、燃えるような痛みを肉に与えるところのいばらは、われわれが罪と結びつけるところの人生の側面、すなわち心配、焦燥、苦痛、失意、病気、死などを適切に表してはいないだろうか。一言にして言えば、これはのろいを象徴する。しかし、こののろいを負うのがキリストの使命であった。彼がこれをご自分の頭にかかげられたとき、彼はこれを世から取り除いてくださった。彼はわれわれの罪を荷ない、悲しみを負われた。

(写真は岩波世界の美術 レンブラント 279頁 「エッケ・ホモ〔この人を見よ〕」1655年より。原画はもちろん描線がすっきりしている。当方の腕のためぼけている。)

2009年3月15日 (日)

聖歌279番「みかおを見ぬとき」

Dscf0376  以下は昨日のジョン・ニュートンの作詞からなる聖歌279番の歌詞です。なお聖句は下記のものです。

主よ。早く答えてください。私の霊は滅びてしまいます。どうか、御顔を私に隠さないでください。(旧約聖書 詩篇143・7)

 御顔を見ぬときすべては意味なし
 かおりのよき花、こえよき小鳥も
 ああされどわが慕う主在(いま)したまえば
 師走を五月となどかは区別せん

 御声は聖なる音楽もおよばず
 大御名はまれなる香(こう)よりもたえなり
 臨在にわが身の涙はあとなく
 わが内なるものただ感謝す

 寒さも暑さも市場も野原も
 みそばにある身にすべては幸なり
 よし身は獄屋にありとも何かは
 宮殿の中行く安きにあるべし

 ああわれの太陽わが歌わが主よ
 なにゆえわが冬かくまで長きや
 青空見ること汝が旨ならずば
 冬なく雲なき天国に行かせよ

(『聖歌』1992年版より引用)

(写真はルーブル美術館の絵です。誰の作品か忘れてしまいました。今日の内容とは全然関係なさそうですが、額に納まったこの一枚の絵を見ながら作詞の意味を味わいたいと思いました。)

2008年11月27日 (木)

ショパンのゆうべ

Dscn5478  昨日は千葉県柏市にある「アミュゼ柏 クリスタルホール」に家内と、児玉さや佳さんのピアノ演奏会を聞きに出かけた。前半にショパンのノクターン3曲、バラード2曲それに即興演奏があった。

 ノクターンが「夜想曲」であり、何となくバラードが華やかなものであるというイメージしか持たない素人の聴き手ではあったが、さや佳さんの若いが丁寧で情感ある演奏に耳を傾けることが出来た。

 即興演奏は以前夏にも御代田でのホームコンサートの席でお聞きしたことがあるので期待して待っていた。早速さや佳さんから会場へアピールがなされた。中座席右側から一人の中年の男性が「もみじ」と言われた。少し首をかしげながら眉間に緊張を漂わせられたがそれは一瞬で、演奏がすぐに始まった。全く堂々とした演奏であった。確かに紅葉が今を盛りと咲いている様が描かれ、最後は一片一片紅葉が落ちたようであった。

 あと一曲の勧めとともに次に声を発せられたのは会場後方からで「赤とんぼ」であった。やはり男性であった。私も厚かましくもそれにおっかぶせるかのように「渡り鳥」と叫んだ。さや佳さんは笑いながら、また一瞬考えられた。そして「赤とんぼ」を基調にした大胆な渡り鳥の飛び交う様が演奏された。演奏が終わるや会場は拍手がより一層大きかったように思った。

 15分間の休憩の中でお誘いしていた家内の高校時代の同級生の方とこもごも感想を披瀝しあった。同行の方は様々なクラシック音楽の淵源もこうした即興演奏がもとになったのでないかと言われた。さもありなんと思わされた。

 後半はチェリストの佐藤智孝さんが加わられ、「チェロソナタ ト短調 Op.65」が演奏された。演奏の前に佐藤さんがショパンのピアノ曲に込める意味を短く解説してくださった。19歳の折に祖国ポーランドが亡国の運命にあったとき、音楽家である以上に祖国の戦士として身をささげたい熱情があったことを披露された。だから彼の音楽はすべて祖国ポーランドを表すという。

 こうして三十分と言われ、冗長で失敗作とも評されている(と言われているそうだ)チェロソナタをお二人のコンビよろしく披露してくださった。解説には第二楽章に中間部でのチェロの美しい旋律によるレガートとあったが不覚にも聞き漏らしてしまったがあっという間に演奏は終わった。感動の中アンコールを求めて拍手のなり止まぬ中、最後はサンサーンスの「白鳥」でしめくくられた。

 毎年一度はこの「アミュゼ柏 クリスタルホール」でさや佳さんのリサイタルが開かれると言う。お勧めくださった音楽の専門家の方がさや佳さんの演奏を大変評価され、今のうちに聞いておいた方がよい、中々このようなピアノ演奏は聞けないとおっしゃった。楽譜の読めない音痴の私ではあるが来年も是非来たいと思った。帰りは厚かましくもこの音楽の専門家の方の車に乗せてもらい四人で一緒に楽しく春日部まで帰ってきた。

バビロンの川のほとり、そこで、私たちはすわり、シオンを思い出して泣いた。その柳の木々に、私たちは立琴を掛けた。(旧約聖書 詩篇137・1~2)

(写真は演奏会に行く前立ち寄らせていただいた柏の親戚の家で撮らせていただいた胡蝶蘭の花)

 

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