メゾソプラノリサイタル
昨日は銀座・王子ホールの藤井奈生子さんのリサイタルに家内と出かけた。会場はほぼ満席であちらこちらに知人の顔が見えてアットホームな雰囲気であった。
プログラム冒頭は「マタイ受難曲」より取られた有名なアリアであった。私の知っている数少ない歌曲の中でも最たるものである。このアリアだけはこれまでテープやCDで何度か聞き、そのたびに身を任せたくなる思いにさせられてきた曲だ。生で聞くのはもちろん今回が初めてで、ひたすら演奏者の演奏に耳を傾けた。家に帰って来て演奏者の訳された訳詩を見てなるほどと思った。訳詩にはこうあった。
「憐れみたまえ、わが神よ 私の涙のゆえに この心を見てください、眼はあなたの前に涙を流しています。」
その後は当日のメインであるメンデルスゾーンの歌曲が次々披露された。しわぶき一つさえ出すのがはばかれる演奏会場で一旦しまったプログラムを出すのは勇気がいったが、途中からどうしても歌詞と訳が見たくて出しながら演奏を聴いた。Es weise und rat es doch keiner(誰も知らない、誰にもわからない)のBis dass ich im Himmel war(天国に届くまで、飛んでいけたらいいのに)に共感した。
「夜の歌」もBis dass der lichte Morgen scheint(明るい朝が光り輝くまで)と歌い上げる演奏者と心が一つになる。こうした歌曲は器楽では味わえぬところがある。
しばし休憩の後、シューマン、ブラームスと演奏が進められた。ロベルト・シューマンのものはどれも良かった。隣席にご一緒した知人とLied der Brautを鑑賞したが、どんな想いで聞いておられたのであろう。詩が大変気に入った。
ブラームスの作品ではUnbewegte laue Luft「動かぬ生ぬるい風」を満喫した。最後は二曲のテンポの速い勇壮とも言えるボヘミヤ民謡とセルビア民謡の曲であった。もし歌詞が聞き取れ、理解できれば、一々プログラムを見なくても済むのにと思いながらも結局首っぴきになり、演奏家の表情を見る余裕がなかった。でも最後の曲が終わった時はいつまでも拍手をしていた。
アンコール曲の最後に演奏者の責めてのサービスであろう。日本語で少し歌われた。残念ながら音楽は私たちにとってまだまだ高嶺の花である。日本の音楽人口は決して多くない。少数の心ある人に支えられてこそ音楽は維持されるのであろうか。「アニメの殿堂」云々も考えて見ると簡単なことではないのだ。
聖徒たちよ。主をほめ歌え。その聖なる御名に感謝せよ。まことに御怒りはつかの間、いのちは恩寵のうちにある。夕暮れには涙が宿っても、朝明けには喜びの叫びがある。(旧約聖書 詩篇30・4~5)
(文中ドイツ文はウムラウト部分を表現していないのでご了承下さい。本日の写真は高峰高原の「われもこう」です。)






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